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お別れ
嘉島町 浮島神社にて
2009 2月1日 058

子供の頃に両親を亡くし、祖父母の手で育てられた私には
母親代わりに色々なことに気遣ってくれる伯母が3人います。
先日、その伯母の1人が急な病気で亡くなりました。
このところ仕事が忙しくなって疲れていたりして
夜もご飯を食べた後、コタツでついうたた寝・・・などと言う毎日を送っていたので
いきなりかなづちで頭を殴られたような衝撃を覚えました。
息を引き取った伯母を見ても、妙に冷静な自分がいて
心の中で最近交わした伯母との会話だけがぐるぐると頭の中を回っていました。
人が亡くなると、次から次にいろいろなセレモニーに追われて
しばらくは忙しくしているものですが、一通りの予定が終わってしまった今になって
泣けない自分がいることに気がついたんですね。
人間は本当に悲しいときには涙って出ないもので
今こうしてキーボードを叩きながらそんなことを思っています。
今頃は祖父母と二人の兄弟と伯母でみんなが旅立ってしまった後のことなど
あちらの世界であれこれ話しているのかもしれません。

耳を澄ませば伯母の声が今も聞こえてくるようです。

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風景写真 | comment 13 | trackback 0 Top ↑

Comment

最近、更新がないから・・・風邪でもひかれたかな?って思ってました。僕は、母親が高校の時なくなって、父が2年前になくなりました。本当に、悲しい時って、妙に冷静な自分にびっくりしますね!!ただ夜になると、心の緊張が取れ・・・心にぽっかり穴があいた事を実感しました。でも、みなさん、元気で毎日を過ごすおぼろさんを願っていると思います!!元気を出して下さいね!!
そうですね、、
直後はいろんなことに追われ、、気丈に振る舞い、、緊張感もあってか、、
悲しみに浸る余裕は無いかも知れませんね。
ほっと一人になった夜などには、、やっぱり寂しさが蘇ってきますね・・・
「本当のさようならをしても あなたの呼吸が 私には聞こえてる・・・」
亡くなった父や、ワンコのことを考えながらこの曲(ミスチルの・・・・)聴いて運転してたら、、
急に涙が溢れて来ました・・・
時が経って本当に寂しく感じるものですね。 

きっと空の上から皆さんで、おぼろちゃんのことを見守っていてくださるでしょう。
それは突然のことで、大変でしたね。
心よりお悔み申し上げます。

意外に冷静な自分。

「あぁもう居ないんだった」と思う出来事があった時、改めて寂しさを感じるものですね。

おぼろさん、お忙しいのですね。
お体壊さないようにしてくださいね。
落ち着いた時にやっと亡くなった方と自分との思い出を振り返ることができるんですよね。
お日様が高い時には忙しくて泣く暇もないけど
夜、布団に入ると急に思い出して悲しくなったり・・・

時が経てば、、って周りは言ってくれるけど
本当に大切な人のことを、時が経てば泣かなくなるっていうのも
ちょっと悲しい気もするな、、と葛藤してます。
心の中にずっと居てくれることが当たり前に思えるようになったらいいなと私は思います。
お身体、壊さないようにね。
謹んでお悔やみ申し上げます。
おぼろさん、お疲れの事と存じますが、どうかご自愛下さいませ。
心よりお悔やみ申し上げます。
貴女が幼少より過ごした事柄はは少しながら
お聞きしてましたけど、叔母さんのこと残念でしたね。
でも、いずれは又会えますから。
大丈夫。世の中不公平なことばかりですけど、
一つ公平なことはどんな人間いずれはあちらの世界へ
行く事。絶対会えますから。
最近忙しさも手伝って、なかなかゆっくりすることができなかったところへ持ってきて今回のこと。
ショックはショックだったのですが、いまだに実感がわきません。まだいつもの場所にいるような。
でもいつまでも悲しんでいることは故人の気持ちに反することだと思いますし、元気を出さなくてはいけませんね。励ましありがとうございます。
そうですね、緊張の糸が途切れたときに急に悲しみが深くなるのかもしれません。
色んなことを教えてくれた人でした。
これから恥ずかしくないように、前Rを見てちゃんと生きていかないといけませんね。
本当のさよなら…それは私が思い出さなくなったときかもしれません。だとしたら本当のさよならはない…そんな風に思いたいですね。
もういないんだなってことを実感する瞬間がちょっと恐ろしく思えます。
一緒に暮らしていたわけではありませんが、会えば私の手をとり心配していた姿が思い出されますね。
冷静でいる自分、薄情なのかとも思いますが、悲しいと思えばとめどなくなってしまうようで冷静でいようとする自分がいつもいます。
温かい言葉をかけてくださって感謝します。ありがとう。
人は1人で生まれてきて1人で死んでいくと言いますが、本当は1人ではなく、その時々で寄り添う人はいっぱいいるのだと思います。
姿はなくても心の中ではいつまでも生きている。
語りかければきっと返事をしてくれる。
いないのではなく姿がが見えないだけ…そう思えるようになれたいいですね。
お気遣いありがとうございます。
昔の人は7日ごとにお寺に参り、悲しみを少しずつ思い出に変えてきました。
私も日々頑張って笑いながら思い出話ができるようになりたいと思います。
本当に残念な出来事でした。
これから何か孝行の真似事ができるかなと思っていた矢先でしたのでね。
私の周りを見渡せば、あちらの世界のほうがすっかり賑やかになりました。でもいつかは私もあちらの世界へ行くわけですから、そのときに胸を張ってみんなに会えるように頑張らなくてはいけませんね。
神様が平等に与えてくれたもの。
1日が24時間であることと、誰もがいつかは死ぬと言うこと。その平等をどう生きるか…笑って生きるも泣いて生きるも自分次第。
私のことはまだ迎えてくれそうもないのでもうしばらくは笑って生きたいと思います。
あったのかなと案じていました。
そうだったのですか。
さぞお力落としのことだったでしょう。
心からお悔やみ申し上げます。

時間しか悲しみを和らげる薬はないと言いますが
本当につらいことでしょう。
しばらくは何かにつけて故人のことが思い出されて切ないでしょうが
時の流れに身を任せてどうぞお過ごしください。

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