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熊本洋学校教師ジェーンズ邸
今日はお天気が良かったので
近くの歴史探訪に出かけてきました。

ここが有為な人材を輩出、熊本の近代化に影響を与えた洋学校、ジェーンズ邸。
ジェーンズ邸 6 27 013

明治3年(1870年)に熊本藩の実権を握った実学党(じつがくとう)政権により、西洋の文物技術を移入するために創設された学校です。アメリカ人L.L.ジェーンズ(リロイ・ランシング・ジェーンズ)を教師として招き、文学、算術、地理、化学、測量、作文、演説など多岐にわたる授業を、ジェーンズが全て英語で行いました。
明治4年(1871年)9月1日、城内古城(こじょう)、現在の県立第一高等学校に開校、徳富蘇峰(とくとみそほう)等の有為な人材を多く輩出しましたが、神風連の乱(しんぷうれんのらん)直前の明治9年(1876年)8月に廃校となりました。ジェーンズの影響で多くの生徒がキリスト教に入信、後に京都へ行き熊本バンドと呼ばれることになる奉教結盟を花岡山(はなおかやま)で行ないました。この活動が当局を刺激し廃校につながったのです。
また、西南戦争のおり佐野常民(さのつねたみ)が、日本赤十字社の前身となる「博愛社(はくあいしゃ)」を設立したのもこの熊本洋学校でした。

コロニア風の建物は水前寺公園の近くに移築され、「熊本洋学校教師館ジェーンズ邸」として一般公開されています。


ジェーンズ邸 6 27 016 3
長崎のグラバー邸を設計した建築家たちの手により建てられました。
当時熊本にはこんな技術はなかったのですね。

ジェーンズ邸 6 27 016 2
窓はところどころステンドグラスになっています。

ジェーンズ邸 6 27 016 5
2階へとつづく階段
この階段をジェーンズ一家が行き来していたのだと思うと
タイムスリップしたような感じになります。

ジェーンズ邸 6 27 016 6
庭に咲いていた花を入れて


ジェーンズ邸 6 27 016 7
通りから見た全景です

熊本は時代遅れの古い頭の人ばかりだと思っていましたが
どうしてどうして。この時代には革新的な考えの方が大勢おられた事を知りました。
場所は水前寺公園のすぐ近くです。
入館料は200円。
訪れる人は余り多くないそうですが、もし機会があればお訪ねいただければと思います。



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デジカメ写真 | comment 6 | trackback 0 Top ↑

Comment

なるほど洋学校なのですね
同じ市内にいてまだ行ったことがありません
おかげで建物の歴史や背景もしっかり分かりました
行ってみたいです

わぁ、水前寺公園なら修学旅行で行ったんだけどなぁ・・・。
洋館ってほんと素敵ですよね~♪
日本の昔の建物も素敵ですけど・・・。
柱にせよ、ひとつひとつに気品が感じられますね~(^^)
洋学校の教師として招かれたジェーンズ氏の邸宅だそうです。
現日本赤十字社のもとである博愛社設立もこの2階で決まったとか。
以前から存在だけは知っていましたが、なかなかいく機会がなく、私も初めて訪ねました。
近くにいるほど行かないものなのですね~(^^ゞ
ここは水前寺公園のお隣にあります。
壁を隔てているので直接行くことができず、水前寺公園には行ったけど、ここには行ってないなあ~という地元人も多いのが現状です。
私も初めて訪ねましたが、なかなか趣のあるところでした。
ここで生活したジェーンズ一家の息遣いが感じられてしばしタイムスリップしたような気分になりました。
異国の地でいったい何を感じ何を思って暮らしておられたのでしょうか・・・
熊本の夜明けには
いろいろな人材が輩出していますね。
男性だけではなく女性の逸材も活躍しています。

この瀟洒な建物を眺めていると
いろいろな思いが駆けめぐります。

私の市にも「宮崎兄弟資料館」がありますよ。
時代が変わる時というのはどんな感じなのでしょうか。
今の変わりようもない時代で、この時代のような志の高い若者はいないのかと思ったり・・・自分のことは棚に上げてです(^^ゞ

熊本にもまだ知らないところばかりです。
自分のことも含めて内面に目を向けてみないと外がちゃんと見えないですね~

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